Nephrologist

腎臓内科医を対象とした抄読会の内容をお届けします。どのように論文を吟味し臨床に役立てるのか意識することで、論文は知識をupdateする情報ではなく、臨床力をupgradeするツールとなります。

生体腎移植ドナーは妊娠高血圧・妊娠高血圧腎症のリスクが高いのか?

Gestational Hypertention and Preeclampsia in Living Kidney Donors.

N Engl J Med 2015;372:124-133.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=29571833

 

1.背景   

2004年のアムステルダムフォーラムでは腎移植ドナーの妊娠はリスクが高くないと述べられていたが、その後の研究では妊娠高血圧や腎症のリスクについて指摘されている。

 

2.論文の定式化(PICOPECO

P:腎移植ドナーの適格基準を満たす女性

E:腎移植ドナー

C:腎移植ドナーではない(非ドナー)

O:①妊娠高血圧または腎症の発症 ②母体・新生児予後 ※

帝王切開, 分娩後出血, 早産, 低出生体重, 母体死亡, 死産, 新生児死亡

 

3.研究デザイン 統計解析

後ろ向きマッチコホート研究(観察研究)

ロジスティック回帰(ランダム効果モデル)

年齢, 初産・経産, 登録から妊娠までの期間で層別解析

 

4.結果の吟味

カナダの観察研究。全対象者の年齢中央値 29歳、経産婦29%。

ドナー群:1992〜2010年にドナーとして腎摘し、follow-up中に1回以上かつ20週以上の妊娠をした85人、妊娠131回(登録前に妊娠高血圧・腎症の既往がある人は除外)。腎提供前Cr0.76 (eGFR114)、一親等ドナー65%。

非ドナー群:健診情報よりドナー適格基準を満たしうる人のうち、妊娠高血圧に関連する因子(年齢, 登録年, 居住地, 収入, 妊娠回数, 登録から初産までの期間)でマッチさせた510人、妊娠788回(1:6のマッチング)。

 

妊娠高血圧または腎症の発症はドナー群で有意に多い(OR 2.4, 95%CI 1.2-5.0)。

帝切, 分娩後出血, 早産, 低出生体重は有意差なし(母体死, 死産, 新生児死はなし)。

層別解析では32歳以上でイベント発症が有意に多い(OR 9.4, 95%CI 3.2-27.5)。

追加解析(Supplement)にて妊娠高血圧・腎症発症と帝王切開の相関あり。 

 

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研究結果は妥当なものか?(内的妥当性) 

① ドナー群と非ドナー群で背景は等しいか?

年齢, 登録年, 居住地, 収入, 妊娠回数, 登録から初産までの期間でマッチしているが、血圧, 腎機能, 尿蛋白, BMI, 内服薬について不明であり、群間差についてはわからない。なお病院受診回数はドナー群の方が多い。

 

② ドナーと妊娠高血圧・腎症発症の関連性は妥当か?

妊娠高血圧または腎症発症の関連を検討する際に、上述の通り詳細なマッチングを行っているが、血圧, 腎機能, 尿蛋白, BMI, 内服薬といった背景は考慮されておらず、交絡調整が不十分である可能性は残る。一方で、グループ特性を考慮したランダム効果モデルを用いた統計解析が行われている。

 

自分の患者にあてはまるか?(外的妥当性)

研究が実施されたオンタリオ(カナダ)は白人が7割を占めるため、日本人で同じ結果となるかわからない。また、年齢が中央値29歳(IQR 26-32)であり、日本で増加傾向にある高齢妊娠については言及できない。

 

コメント

ドナーは条件として厳しい医学スクリーニングを経ているため、一般人口全体と比較すると、健康関連アウトカムは不良ではないことが報告されてきました。一方で、ドナーになりえる健康な人と比較すると、死亡や腎死のリスクが高い可能性が示されています。本研究の結果が、将来妊娠予定の女性がドナーになることを完全に否定する根拠にはならないとしても、ドナーの周産期リスクが健常妊婦と比較して高くなる可能性についてはキチンと理解しておく必要があるでしょう。

 

参考文献 

①②は健康な人と比較すると腎移植ドナーの生命予後、腎予後が不良であることを示した論文。③④は日本とKDIGOの腎移植ドナーに関するガイドライン。④では将来の妊娠可能性だけを理由にドナーになれないわけではないとしつつも、事前の十分なカウンセリングが推奨されている。⑤は無形成腎による片腎の妊婦を対象とした研究。マッチングした両腎の妊婦と比較して有意に母体・新生児予後は不良であった。

 

① Long-term risks for kidney donors. Kidney Int. 2014;86:162.

② Risk of end-stage renal disease following live kidney donation. JAMA. 2014;311:579.

③ 生体腎移植のドナーガイドライン(日本移植学会/日本臨床腎移植学会) http://www.asas.or.jp/jst/pdf/manual/008.pdf

④ KDIGO Clinical Practice Guideline on the Evaluation and Care of Living Kidney Donors. Transplantation. 2017;101(8S Suppl 1):S1-S109.

⑤ Association of Unilateral Renal Agenesis With Adverse Outcomes in Pregnancy: A Matched Cohort Study. Am J Kidney Dis. 2017;70:506.